人物

田部井淳子の経歴や出身は?高校・大学や家族についてもチェック!

こんにちは! KOSHIです!

 

9月16日放送の『グレーテルのかまど』に

 田部井淳子(たべいじゅんこ)さんが出演されます!

世界で初めてエベレスト登頂を果たした女性である田部井淳子さん。
偉業の数々に寄り添っていたのはようかん!だったそうです。

今、登山はとても人気がありますが
早くから登山を楽しんでもらいととの思いで活動したり
環境保護の活動もされていたそうです!

どんな方なのか?とても興味があります!

そこで今回は
田部井淳子さんの経歴や出身、高校・大学や家族について
迫っていきたいと思います!

題して
田部井淳子の経歴や出身は?高校・大学や家族についてもチェック!

では、始めていきましょう!!

 

田部井淳子の経歴や出身は?

 

まずは、田部井淳子さんの経歴や出身についてみていきましょう!!

 

 

田部井淳子のプロフィール

 

田部井淳子(たべいじゅんこ) Tabei Jyunko

生年月日:1939年 9月22日

出身:福島県三春町生まれ

 

田部井 淳子さんは、日本の登山家になります⛰

女性として世界で初めて
世界最高峰エベレストおよび七大陸最高峰への登頂に成功したことで知られています!

あまりにもすごく、とてつもない功績ではないでしょうか!

登山や山・自然に対する愛情・想いがすごかったのではないかと思います!

 

https://twitter.com/karanatt000/status/1124125583095488512

 

小学4年の時に那須の茶臼岳か福島・安達太良山に登ったことが
登山家へのきっかけになったようです!

1969年~『女子だけで海外遠征を』を合言葉に女子登攀クラブを設立されます。

1975年~世界最高峰エベレスト8848mに女性として世界で初めて登頂
1992年~七大陸最高峰登頂者となる

女性としては世界初の快挙となります🌟 偉大すぎる女性登山家ですね!

 

年数回は海外登山に出かけ、
2016年10月20日に他界するまでに生涯で76か国の最高峰・最高地点に登頂されています

エベレスト初登頂者のエドモンド・ヒラリー氏の「登山者の手で山を守れ」という
呼びかけもあり

1990年~日本に山岳環境保護団体・日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト
(HAT-J)が設立され、同団体の代表に就任されています。

その後は、山岳環境保護の啓蒙活動に力を注いで活動されています。

それだけではなく
子育てや仕事などで忙しい若い世代の女性たちにも山や自然に親しんでもらいたいと

20~40代の女性のための山の会MJリンクを2009年に立ち上げ

メディアへの出演や執筆、講演などを通じても山登りの楽しさを多くの人に伝える活動も
されています!

2007年に乳がん、2012年に腹膜がん、2014年に脳腫瘍を患い
闘病を続けながらも山に出かけ、その歩みを止めることはありませんでした。

東日本大震災以後は、登山を通じての東北応援活動を開始

長期間避難生活を余儀なくされているふるさと福島県の方々を誘って
HAT-J東北応援プロジェクトとして毎月行い、同行したハイキングは、
震災以来、60回以上を数えます!

また、被災した東北の高校生たちを力づけたいと始めた
「被災した東北の高校生の富士登山」プロジェクトでは
東北の高校生1000人を誘うまで継続したいと、資金集めにも奔走されています!

2016年夏もこのプロジェクトに総隊長として参加し
富士山の元祖7合目(3010m)まで登り、頂上へ向かう高校生たちを励まし
見送ったのが、長い登山人生の最後の登山となりました。

 

エベレスト登山の費用は当時、総額4300万円

準備期間は実質4年

荷物を軽くするために乾燥食品を持参したそうです。

高所訓練中、隊長が一時帰国するというアクシデントや
テントを飲み込んだ雪崩にあったにもかかわらず生還。

下山をせずアタックすることを主張し計画は続行されました。

想像もつかないような世界ですが、必ず登頂する!目標を達成する!という
想いがぶれずにあったのではないでしょうか☺

 

 

 

 

登山によるエピソード

 

登山で「もうダメだ」と思ったときが三度あるそうです。

すべて雪崩に巻き込まれたときで

一回目はエベレストの第二キャンプ(6500m)でテントごと雪崩に埋められ
二回目は1986年にポベーダ山(トムール)の雪崩で600m流され
三回目は、その夜に再び近くを通過した雪崩の爆風に襲われ
テントごと吹き飛ばされたそうです。

ポペーダ山では1999年に登ったときにも雪崩がテントを襲ったそうですが
早朝に出発していたため助かったそうです。

ポペーダ山Σ(・□・;) おそるべし・・・

 

1969年冬に登った谷川岳一ノ倉沢凹状岩壁は
エベレストよりもつらかったと回想されています。

 

 

田部井淳子さんの受賞歴

 

1975年(昭和50年)

ネパール王国から最高勲章グルカ・ダクシン・バフ賞、文部省スポーツ功労賞、日本スポーツ大賞、朝日体育賞(現在朝日スポーツ賞)

1987年(昭和62年)

チェコの天文学者Antonin MrkosがKlet展望台で小惑星を発見。エベレストの女性初の登頂に成功した日本の登山家、田部井淳子に因んでその小惑星の名を「6897Tabei」と命名した

1988年(昭和63年)

埼玉県民栄誉賞、川越市民栄誉賞

1991年(平成3年)

福島県民栄誉賞第1号

1992年(平成4年)

文部省スポーツ功労賞(2度目)

1995年(平成7年)

内閣総理大臣賞

2004年(平成16年)

飛行家・探検家顕彰地球儀the Fliers’ &Explorers’ Globe(アメリカ地理学協会所有)への71番目の署名者となる。この地球儀は、世界で初めての飛行や冒険・探検を成し遂げた人々が署名してい る地球儀で、南極探検のスコットやアムンゼン、それにエベレスト人類初登頂者のエドモンド・ヒラリーも署名している。日本人では初めての署名者となった。

2006年(平成18年)

(財)ソロプチミスト日本財団千嘉代子賞

2007年(平成19年)

環境大臣賞(環境保全功労者表彰)、野外教育功労賞(日本野外教育学会)

2008年(平成20年)

2008 Mountain Hero Award(ワシントンにあるThe Mountain Instituteより受賞)

2009年(平成21年)

日本放送協会(NHK)放送文化賞

2010年(平成22年)

テンジン・ヒラリー賞(ネパール政府観光省より)

2012年(平成24年)

ファウスト特別賞

2013年(平成25年)

さいたま輝き荻野吟子賞

2015年(平成27年)

みんゆう県民大賞(福島民友新聞社)

このほか

三春町名誉町民、ビッグスポーツ大賞(テレビ朝日主催)、
日本フェアプレー賞、エイボンスポーツ賞

 

 

高校・大学や家族についてもチェック!

 

次に、田部井淳子さんの高校・大学や家族についてもみていきましょう!!

 

 

高校や大学について

 

田部井さんの高校についての詳細な情報は確認されていません。

1962(昭和37年)

 昭和女子大 英米文学科卒業

2000(平成12年)

 九州大学大学院 比較社会文化研究科 修士課程 修了

研究テーマはエベレストのゴミ問題 だそうです!

山岳環境保護の啓蒙活動に力を注がれていたので、つながる部分につながりますね☺

 

 

結婚・夫(旦那)・子どもについて

 

田部井さんには、登山で知り合った2歳年下の旦那さんがいます!

旦那さんは凍傷で足の指を失い、登山を断念されています。

エベレスト登頂を果たした36歳の時には結婚されています!

子どももいるママさん登山家だったんですね☺

子どもは、娘さんと息子さんがいらっしゃいます☺

旦那さんは登山を支えてこられたんでしょうね。

経済的にも支えて、田部井さんが登山に集中できるようにされていたんじゃないでしょうか

共通の趣味があるっていいですね(⋈◍>◡<◍)。✧♡

 

旦那さんからは「子どもだけは産めよ」と言われたという情報もあります!

 

息子さんは

タベイプランニングという会社の社長さんです!

 

 

田部井進也さんという名前みたいです☺

アウトドアライフを楽しみながら、自然や動物たちとつながるというのが
テーマの会社みたいです🌈

 

娘さんは 教子さん というお名前のようですが
詳しい情報については確認されていません。

 

まとめ

 

今回は「田部井淳子の経歴や出身は?高校・大学や家族についてもチェック!」と題して

田部井淳子さんの経歴や出身、高校・大学や家族についてを
お送りしてきましたがいかがだったでしょうか?

世界初という偉業を達成された
女性登山家としてあまりにも大きな功績を残されている田部井さん!!

登山・山・自然に対する想いや愛情から、多くの活動をされています!

今でもその想いは引き継がれているんではないでしょうか!

今の、この登山人気もつながるものがあるかもしれませんね☺

今回は以上になります!最後までお読みいただきありがとうございました!

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